2009年03月22日

日本語教師という仕事…その2

前の記事で、日本語教師業界の現実、まあ要するに収入の悪さからくる経済苦について書きましたが、では実際に自分も含め、どんな人達がここホーチミン市で日本語教師をしているのか…

まず最大派閥(笑)が、勝手に名づけますが、「若いときの貴重な経験」派。「海外生活」という言葉には、ロマンがあります。で、特別な経験やスキルがなくても、比較的簡単に海外プチ移住ができる手段。ここに、日本語教師という仕事が浮上してきます。まあ海外在住の日本語教師の過半数は、このカテゴリに入るかと思います。

大体1〜2年で帰国し、その後は日本語教師とは全く関係のない仕事に就く…。こういう人は過半数を超えるはずです。なにしろ実入りが悪いですから(笑)、はじめの志も挫折せざるを得ない…、というわけです。

それに、「早期リタイヤ」派も、最近増えてきているようです。会社を定年前(後、ということももちろんありますが…)に辞め、残りの人生を国際貢献に役立てたい、という志の高い方。これまでに蓄えた収入があるので、低賃金でもさほど問題ない、というのが強みです。

ただ惜しむらくは、若い人より異文化生活への適応力が低めの人が多い…。やはり「若いときの貴重な経験」派と同じく、大体1〜2年、どんなに長くても3年で帰国する方が大半かと思います。

それと少数派ながら、国際交流基金やJAICAなどから派遣されてきている日本語教師。一般的な日本語教師と比べ物にならないほど、待遇はいいです(笑)。ただ任期があり、しかも任地を自分で選べないので、やはり現地に長く住むことはないです。

で、最後に自分のような、「日本語教師永住型」。危篤、もとい、奇特にも現地が気に入りすぎて過度に仕事に励んだ結果、もはや日本に帰れなくなってしまった人(爆)。現地で結婚して家庭を持ち、ローカルに順応しすぎるほど順応してしまった人たちです^^。このタイプの日本語教師10年選手は、ここホーチミン市にも(知る限りでは…)10名弱生息(笑)しています。もちろん、自分もソノ一人。

さすがに10年もいると、一国一城の主、もしくは学校のボス格になっています。サイゴン日本語教師界の古老的存在ですが、でもあまり表舞台に出たがらない人が多いような気が…。

最後にボランティア日本語教師も若干いますが、これはちょっとカテゴリが違うかな…ということで割愛。

ここホーチミン市での、日本語教師の現状その2でした。


posted by KEN at 04:05| Comment(2) | TrackBack(0) | 日本語教師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 例のインドネシア看護士受け入れで、動きがあったようです。

 関係者から聞いたところによると、この春、インドネシア看護士、介護士養成のための日本語教師数十人?をインドネシアに派遣し、3ヶ月現地で教え、そのまま生徒と日本に戻り、さらに2ヶ月教えるというもの。

 応募資格者は、通常の日本語教師資格者ですが、経験者の月給が23〜30万円。未経験者がなんと20万円〜。ヒューマンアカデミーが政府から募集・研修の業務委託を受けているようです。

 日本語未修得で日本へ来ても、語学修得と看護の本業と、さらに資格取得というハードルがいかに現実離れしてたかが日本政府もようやくわかったようです。

 まだまだこれでも実効性は?かも知れませんが、うまくいけば、それ以外のたとえばEPAの締結が決まったベトナムなどでやることになれば、おもしろくなりそうですね。

 
Posted by トイちゃん at 2009年03月23日 12:58
トイちゃんさん>
う〜ん、破格の待遇ですね。政府から募集・研修の業務委託を受けている…ヒューマンアカデミーボロ儲けですね、って、失礼、学校経営者としての視点から見てしまいました…。

看護士の件に関しては、うまくいってほしいですね。介護業界は危機的な状況のようですから。

利権がからんでいるから、いろいろややこしく訳わからん制度になっていますが、外国人看護士の助けが必要な現実からは逃れようがありませんし。

ちなみに、我がベトナムでは、どうなるんでしょうか。
Posted by KEN at 2009年03月23日 17:08
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